シリーズ 上伊那経済時事対談
第4回 伊那谷発―個性ある食文化を全国へ【上】 [伊那毎日新聞]
【出席者】 ●登喜和冷凍食品株式会社 社長 登内英雄さん(53) ●合資会社宮島酒店 企画部長・社長代行 宮島敏さん(43) ■司会 伊那毎日新聞社企画部 毛賀沢明宏
| |
|
(2005/9/21掲載)
狂牛病や鳥インフルエンザを1つの契機にして、近年、食についての消費者の意識が変化している。安全・安心・健康を求めて、伝統食への関心が高まり、その地で採れたものをその地で食す「地産地消」の考え方も急速に普及してきた。そうした中で、上伊那の食品製造業社は何を考え、模索しているか?
伝統食こうや豆腐の新たな展開を目指して研究を重ねる登喜和冷凍食品の登内英雄社長と、地元産の酒米「美山錦」を使った個性ある日本酒の製造と販売に精力を傾ける宮島酒店の宮島敏企画部長に、直面する課題と食品製造業の今後にかける夢を語り合ってもらった。
【司会・毛賀沢明宏】
創業以来の歴史を継承して
| |
|
司会 まず、自己紹介をかねて、会社の概要と、現在、力を入れていることを教えていただけますか?
宮島 「信濃錦」宮島酒店の宮島敏です。当蔵は明治の終わり頃に創業していますが、もともとは米屋だったこともあり、米にこだわった酒造りを進めてきました。また、1967年(昭和42年)に、防腐剤を使用しない酒造りの方法を父(宏一郎氏)が開発し、特許をとりましたが、全国の酒づくりに貢献できるのならとすぐに特許を公開するなど、安全についても強いこだわりを持ってきました。現在は、そうした流れを汲んで、地元の酒造好適米(酒造りに向いた米)「美山錦」を、契約農家の方に、無農薬もしくはできる限り農薬使用を抑えた方法で栽培していただき、その良さを生かした酒造りを進めています。
登内 登喜和冷凍食品は1951年(昭和26年)創業ですが、もともとは私の祖父が昭和2年に富県の北福地から出てきて現在の地で始めた生豆腐屋だったんです。かなり手広く商売をしたようですが、終戦後生豆腐だけでは面白くないということになりまして、いきなり中古の冷凍機を買い込んできた。「登喜和冷凍食品」という社名に示されるように、まず冷凍食品を出そうと考えたようですね。自分のところにあったのは豆腐だから、それを使って凍み豆腐を造ったわけです。
宮島 はじめから販路は県外を見込んでいたのですか?
登内 そう、全国に出せるものをつくろうという発想だったんでしょうね。昭和30年頃には、販売を受け持つ問屋と組んで「鶴羽二重」というブランド名で大阪に進出しました。
信州のこうや豆腐は面白い歴史を持っていて、昭和30〜40年代の前半にかけて、県の応援で生産組合が指導して、各業者がノウハウをオープンしたことがるんです。切磋琢磨し、こうや豆腐生産の技術アップを図ったんですね。販売も各県ごとに業者が住み分けて共存が可能でした。「高野豆腐の歴史」とか「高野豆腐の科学」とかという立派な研究書も出されブランドイメージ作りまで行なわれたんですよ。
宮島 へぇ、県を挙げて特産品づくりを行なったということなんですね。
加工度を高める試みの果てに
| |
|
司会 宮島さんの所も、上伊那の蔵元としては早い時期から県外への販路開拓に力を割いてきたと思うのですが、日本酒とこうや豆腐では、事情はかなり異なりますか?
宮島 違いますね。日本酒メーカーは全国に千数百社ありますから、ある意味で群雄割拠。1つの県が統一したブランドイメージで全国を相手にしたというのは20年程前よりの「新潟の酒」ぐらいではないでしょうか。
登内 こうや豆腐は関西が一大消費地ですが、生産は全国の95%が長野です。産地作りが典型的にうまく行き、他の県にもあったこうや豆腐業者を圧倒してしまった。でも、結局、製造会社ごとに違う問屋と関係を作り、販売地域で住み分けていくという方法は、スーパーなどの全国展開が広がることによってうまく機能しなくなり、県内の業者の競争が激化して、現在では4社しか残っていないのです。
宮島 先ほど業界を挙げて製造技術のレベルアップが図られたと言われましたが、技術が一定のレベルに達すると各業者の個性がなくなったりしないのでしょうか?日本酒では、コストを下げて量をふやすために醸造用アルコールをかなり入れる「三増酒」というのがありまして、バブル期後半頃からこれに対抗して、吟醸仕込みの淡麗でよく磨いた酒が出された。その典型が新潟の酒なのです。それが当ると皆、後を追って一時期は消費量を延ばしましたが、しだいに各蔵の酒の個性がなくなり、その後の客離れを招く1つの要因になってしまいました。
登内 こうや豆腐は惣菜の材料ですから、今のお話のようにまでは影響がなかったですね。ただ、昭和50年代をピークに消費量は確実に落ちています。それで、こうや豆腐をただ四角く切ったものだけではなく、小さく切ったり、スープをつけたり、さらには当社の方で味をつけて炊いてしまい、それをチルドにして販売するということも始めました。
司会 同じ味付けにしてしまうと、なにか地域ごとの個性がなくなるように感じますが?
登内 こうや豆腐がよく使われるのは煮物ですよね。地域で味が違うし、炊き方も違う。だから私たちも調理の仕方などはあまりコメントしない方がよいだろうと考えていたんです。でも、伝統食が継承されないようになってくるとそれではうまく行かない。本当に美味しいこうや豆腐の食べ方はこうなんだよ―と実例を示さないとならなくなった。「食の個性化」の点から言えば、そうやって「こうや豆腐の個性」を人々に知ってもらおうとしたわけです。
「本来の味」の探求へ
| |
|
宮島 現在の食品製造業の技術はかなり磨かれてきていますから、「難のない」製品をつくろうと思えばたいていできてしまいます。それで、昭和の後半頃からはどちらかと言えば、生産コストを下げ、量をたくさん出そうという発想で進んできたと思います。消費者ニーズに応えることは重要なんですが、売れているものに「右にならえ」で、同じようなものを負けない量つくる―というように。
でも、そうしているうちに、消費者だけでなく造り手も、日本酒本来の味とは何なのかが分からなくなってしまった。現在は、そこに戻ろう、本来のものに戻ってそこからブラッシュアップしていこうという方向になってきていると思います。
登内 嗜好性の強い日本酒と違って、こうや豆腐はもともと大量生産・大量販売の食品ですからやや事情が異なりますが、「本来の味」に戻るという流れにあるのは同じだと思います。先ほど当社で味をつけて炊いてからチルドにして出荷するというお話をしましたが、面白いことに、それを始めてから「登喜和のこうや豆腐は舌触りが良い」とか「汁含みが良い」「豆腐そのもの味が良い」というようなこうや豆腐そのもについての感想が多く戻ってくるようになりました。本来の味を知ってもらうことで、食材そのものへの関心も高まるのだと思いますね。
司会 その流れは消費者の食に対する意識の変化と密接に結びついていると思いますが、いかがですか?
登内 何年か前に組合で「赤ちゃんできたらこうや豆腐」というキャッチコピーで売り出したことがありまして、これがかなり評判を呼んだ。何百年も「おふくろの味」として引き継がれてきたものは、結局「体にも良いもの」です。大豆は煮ればそのままでも食べられる。それを豆腐につくり、さらにこうや豆腐にまで加工する。こうや豆腐の起源は諸説ありますが、弘法太子が中国から薬として伝えたという説があるんです。人間だけでなく牛や馬が具合が悪い時に食べさせた―と。植物製タンパクとか食物繊維とかイソフラボンとか、実際に効く物が入っていますが、人間は経験の中でそれを知ってきた。今日の消費者は、そういう視点から伝統的な食に注目していると思います。
宮島 同感です。日本酒には製造工程で醸造用アルコールを少量加える本醸造という造り方があり、それはそれで美味しいお酒ができるのですが、近年はやはり米と水だけでできた純米酒の方に関心が高い。「安全・安心」というモメントが強いですよね。そうすると、ではそれに使用した米はどういう風にして作られたものなのか、農薬は使ったのかどうか、どんな水系で作られた米か……というように原料の生産履歴を追いかけるようになる。生産者の方は、こうした消費者の関心にしっかり応えられるだけのことをしなければいけない。それで、無農薬もしくは減農薬で酒米を作っていただくよう農家の方と栽培契約を結んで、その米だけを使う試みを進めてきたんです。お陰様で、平成17酒造年度からは100%契約栽培米でいける見込みとなりました。 (つづく)
シリーズ 上伊那経済時事対談 最新記事一覧
- 新春・経済対談 06年、伊那谷商工業の行方を探る【中】 [伊那毎日新聞] (1/4)

- 新春・経済対談 06年、伊那谷商工業の行方を探る【下】 [伊那毎日新聞] (1/4)

- 新春・経済対談 06年、伊那谷商工業の行方を探る【上】 [伊那毎日新聞] (1/3)

- 第6回 駒ヶ根―地産地消の銘菓づくり 〜3年目の現状〜 【下】 [伊那毎日新聞] (12/9)

- 第6回 駒ヶ根―地産地消の銘菓づくり 〜3年目の現状〜 【上】 [伊那毎日新聞] (12/8)

- 第5回 地域の力で発信! 宮田村のものづくり【下】 [伊那毎日新聞] (10/12)

- 第5回 地域の力で発信! 宮田村のものづくり【上】 [伊那毎日新聞] (10/11)

- 第4回 伊那谷発―個性ある食文化を全国へ【下】 [伊那毎日新聞] (9/21)

- 第4回 伊那谷発―個性ある食文化を全国へ【上】 [伊那毎日新聞] (9/20)

- 第3回 伊那谷「ものづくり」の現在と未来【下】 [伊那毎日新聞] (8/17)

- 第3回 伊那谷「ものづくり」の現在と未来【上】 [伊那毎日新聞] (8/16)

- 第2回 押し寄せるIT化の波 ―ネット利用で地方の経営はどう変わる?【下】 [伊那毎日新聞] (7/14)

- 第2回 押し寄せるIT化の波 ―ネット利用で地方の経営はどう変わる?【上】 [伊那毎日新聞] (7/12)

- 第1回 後継者は考える ―地方の経営者に問われる資質とは何か?【下】 [伊那毎日新聞] (6/13)

- 第1回 後継者は考える ―地方の経営者に問われる資質とは何か?【上】 [伊那毎日新聞] (6/12)





