朝の学舎
【朝の学舎】木は自然の贈り物 [伊那毎日新聞]
有賀建具店 有賀恵一さん 西箕輪小学校とち組・きり組の子どもたち
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(2007/5/25掲載)
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木に囲まれている私たち
五感で感じる
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豊かな森林資源に恵まれた伊那谷は、古くから日常生活の中でその資源の恩恵を受けてきた。薪や炭などの燃料として、また、農耕用、家具、建具など、暮らしのあらゆる場面に森林を感じる日常があった。しかし、生活様式の変化などによって、そうした森林資源を使う機会が少なくなり、その「恵み」を感じる機会も少なくなったように思う。
今回の朝の学舎のテーマは〈木〉。伊那市の西箕輪小学校4年生とち組、きり組の子どもたちが、学校の近くで建具店を営む有賀恵一さんのもとを訪れ、豊かな森を感じる木の世界を見つめた。
100種類以上の樹種を使って
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伊那市西箕輪小学校は、すべてのクラスに木の名前がつけられている。ぐるりと森に囲まれた学校の西側には中央アルプスにつながる里山が、東側にはなだらかに傾斜する田園風景が、さらに遠くには南アルプスを望む。
通学路の途中にある有賀建具店の周囲には、材料となる木が積まれ、その数は現在約2万枚。水を含んでいる木は、乾いていく途中でねじれたり曲がったりするため、自然の中で風雨にさらし、約5年かけて、ねじれを落ち着かせる工程が必要となる。建具や家具として加工する前に、最低5年の年月を要するというわけだ。
その中には、たまたま河川工事の現場から掘り出された神代クリ、神代ニレなど、貴重なものも少なくない。これは、おそらく数百年以上、川底で水を含んだままの状態でいたために生き続けていたもの。いわば、化石になる途中の木だという。
また、有賀さんのもとには、チップ工場で粉砕される運命だった木が運び込まれることもある。通常、市場やチップ工場などでは、有名な木材以外は「雑」という一字で扱われ、名前も知られないままのものも少なくないというが、有賀さんは「名もない木ほどいとおしい。木はすべて、どんな木でも美しい」と話す。そんな有賀さんの思いが、少しずつ広がり、情報が寄せられ、伊那谷をはじめ全国各地からさまざまな木が集められているのだ。
そして、現在では、100種類以上の木が家具や建具に使われている。この日は、有賀さんが集めた100種類以上の木の見本が子どもたちに紹介され、同じものが一つとしてない木の表情に、子どもたちは吸い寄せられるように見入っていた。
「みんな違っていて、それがいいんです」
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「木を生かすことを一番心がけています。木そのものの美しさを出すこと、木そのものの個性がきれいに出てくればうれしいですね。木はそれぞれ違うけれど、合わせると一つになる―そんなおもしろさがありますね。
今日来てくれた子どもたちが、木の名前を覚えるというより、こんなにいろんな木があることを、実感として触ったり知ったりすることができれば、素晴らしいことだと思います。そういう子どもたちが、木がそれぞれ違うように『違うことがいいことだ』と感じてくれたら、うれしく思います。
伊那谷は、少し足を伸ばせば木がたくさんあって、豊かな自然があります。そういうことを子どもたちに伝えて、残していくことが大切だと思います。こうして、木を使うことで森林がよくなっていくことを知ること―そうしたことからも、山に入っていくきっかけになっていけばと思います。実際に体を動かして山に入る機会を、私たちが作らなければ、とも思います。そうして、子どもたちがまたその子どもたちに伝えていってくれたら、本当にうれしいです。
そして、木を自分の回りで道具として使ってもらうこと。それを子どもたちに伝えていきたいですね。木は、人間が作ったものではなく、自然がつくったものですね。それを使わせてもらっていること、実際に触っていることに、本当に幸せを感じています」(有賀さん)。
有賀恵一さん
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建具職人だった父・慶治さんの仕事ぶりを見て育った恵一さんは、高校卒業後、建具職人の道へ。高校時代は、山形県の山に囲まれた環境にある高校で、個性を尊重した教育を受けた。
建具職人になった当時は、高度経済成長期で生活様式が急激に変化し、それまで当たり前のようにあった本物の木製品がプリント合板に変わっていった時代。工場で大規模に建具が生産され、職人の技が必要とされなくなっていった時代でもあった。ねじれにくい外材が大量に持ち込まれ、国産材が手に入りにくくなるとともに、ねじれやすい材を扱える職人の技も失われつつあった。
そんな中で、本物の木の持つ美しさ、素晴らしさを生かしたい―と、国産材集めに奔走、無垢の木製品にこだわり、粘り強くその姿勢を守り続けている。
現在では、自然の持つ本物の美しさを生かした有賀さんの作品は全国各地から注文が寄せられ、暮らしの中で使われている。昭和25(1950)年生まれ、57歳。
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